災害食の選び方 ~ポイントとコツ~

災害食の選び方 ~ポイントとコツ~

なぜ食べ物を備えるのか

首都直下型地震(東京・埼玉・千葉・神奈川)では、460万人が避難生活を送るといいます。また、静岡県の駿河湾から九州にかけての沿岸部約700kmに及ぶ南海トラフ巨大地震では、10県151市町村に被害が広がると想定されています。地震、津波にとどまらず、火山の噴火、事故など大規模災害はいつ起こるか予想が立ちません。こうした異常事態が起こったとき、これまで「普通」であった食事環境は一変します。ガス・水道・電気がストップして台所で料理ができません。食品生産や流通がストップし、食べ物や飲料水が不足します。なじみの外食店、総菜店、食料品店が閉まります。では、どうすればよいのでしょうか。

異常事態が起こった不自由なときに食べる食べ物を「災害食・非常食」と呼んでいます。そのときのために、あらかじめ手元にためて(食べ物の預金)、備蓄しておくことが必要です。自分のものは自分で用意しておく、まさに災害食は「自分名義の自分食」ともいえます。

少し脇道にそれますが、その昔、死者を納棺(ひつぎに入れる)し、あの世に旅立たせるとき、死者の首に布の袋を下げて見送ったものです。その袋を頭陀袋(ずだぶくろ)といいます。袋の中身はいろいろですが、死者がおなかを空かせて困らないように、米やおにぎり、なかには好物のだんごなどの食べ物を持たせました。これも備蓄食品といえるでしょう。死者でさえも食べ物を持ち歩くというすばらしい発想です。食べ物がいかに大切であるかを物語っています。生きている私たちは食べ物が身近にあるため軽視しがちですが、先人のように食べ物の備蓄に気を配り、「リスク管理の感覚」を呼び戻したいものです。

災害食の3つのステップ

食べ物の種類がたくさんあるため、何を備蓄すればよいか見当もつかない。そんな人が多いのではないでしょうか。「発災」(災害が発生)した後を、大きく3つの時期に分けて考えてみる必要があります。

ステップ1 ― 災害が起こった直後(発災~3日後)
ステップ2 ― やや落ち着きを取り戻した時期(電気が回復・約1週間後~)
ステップ3 ― 日常へ向かう回復時期(約1カ月後~)です。

なぜ3つのステップかというと、それぞれ食事を取り巻く環境や食べる側の欲求が大きく変化するからです。これまでの体験や調査(阪神・淡路大震災、東日本大震災)から判断すると、日常の食事状態に戻るまでに約3カ月間かかりました。長期戦に打ち勝つには、3つの時期にふさわしい食品をそれぞれ備えることが必要です。ミスマッチが多く見られるので、その例を挙げてみましょう。

ステップ1では、米や乾燥野菜を食べるのは不可能です。なぜなら、水や熱源がないばかりか、この時期は人命救助が先決の大混乱状態なので、食べ物に手間暇をかけてなどいられません。そのため、包装を開けすぐ食べられるものが望ましいでしょう。米や乾燥野菜は、後のステップ2か3で役立てましょう。

ステップ2では、電気が回復するでしょう。飲料水の備蓄があれば、かなりの食品が役立ちます。例えば、電気炊飯器で無洗米を炊くことができます。そうすればレトルトのカレーやおかずの缶詰も役立ちます。ただし、水がないので洗い物ができません。そうしたことも併せて考えましょう。

ステップ3では、ライフラインの回復を待ち望むものの、そう簡単には回復せず料理が思うようにできません。災害食を食べ続けると野菜がないため、ビタミン、ミネラルなどの微量栄養素や食物繊維などが不足し、健康被害が出てきます。この時期には野菜や新鮮な食べ物への要求が強まります。でんぷん中心の食べ物ではなく、普段の食事に近いものが強く求められます。同じ食べ物の繰り返しでは我慢ができなくなるので、多様な食品を備蓄しておくことが望まれます。

何を備蓄するか
―災害食に求められる6つのポイント

災害食のポイントを具体的に考えましょう。

◆好物を備蓄する
災害は不安やストレスをもたらし、心に傷を与えます。さらに食欲もなくなるので、自分へのお見舞いの気持ちで、「おいしいもの」「好物」を備蓄しましょう。

◆ローリングストックする
備蓄する食品の賞味期限(おいしく食べられる期間)は、6カ月程度で十分です。なぜなら、ローリングストック(普段食べているものを多めに買い置きし、期限が切れる前に食べ、不足分を新たに補充する)方式なので、賞味期限が長い必要はありません。廃棄が出ないので、環境にも優しい方法です。

◆災害食は水分が少ないことを知っておく
災害食は長期保存を目的としているため、水分が少ないのが難点です。例えば、ごはんの水分は約60%ですが、米を乾燥させたアルファ米は5.5%です。100gのアルファ米を元のごはんの状態に戻すには、熱湯150ミリリットルが必要です。食パンの水分は38%ですが、乾パンの水分は5.5%しかありません。水分が少ないと、飲み込みにくく、のどが渇きやすくなります。また、全体的に味付けが濃いものが多いので、薄いものを選びましょう。

◆飲料水の備蓄は1日3リットル
飲料水の備蓄は1日3リットル必要です。「えっ! そんなに?」と疑問視する人もいるでしょう。この量は、食べ物や飲料水から体内に取り込む水分と、尿や汗として体外に出ていく水分の収支バランスで決められた値です。生活用水は含まれていません。例えば、絹ごし豆腐100g(水分89.4ミリリットル)、レタス100g(水分95.9ミリリットル)、みそ汁おわん1杯(150ミリリットル)を食べたとすると、合計約335ミリリットルの水分がとれます。しかし、災害時には食べ物が不足するので、食事から水分がとりにくいのです。飲料水は普段以上に補給することが大切です。飲料水の備蓄は、むしろ食べ物の備蓄よりも大切です。

◆使い切りサイズを選ぶ
食品の分量は、使い切りサイズが望ましいでしょう。冷蔵庫が使用できないので、大きいサイズの缶詰などは残食が出てゴミ処理にも困ります。ゴミ処理で特に困るのは、カップ麺の汁です。東日本大震災の際、避難所に汁の捨て場所がないので、人々は無理に飲み干したと聞きます。インスタント麺を備蓄するなら汁のない焼きそばが、健康面でもゴミ処理面でも良いといえます。

◆野菜や果物の加工品は大切
食品の種類は偏らないようにします。特にビタミン、ミネラルなどの微量栄養素、食物繊維が不足します。阪神・淡路大震災では、避難生活者は体調を崩し風邪をひきやすくなり、40%が便秘になりました。野菜や果物の加工品を備蓄することをお忘れなく。野菜ジュース缶は助っ人です。

災害食おすすめメニューと
非常持ち出し袋の必要性

おすすめメニューは、私の好みが色濃く出ているので、皆さんは自分好みの改定版を作って買い物をしてください。

まず骨組みを説明します。縦に4本の柱、横に時系列をおきます。ガスや水道が回復するまでには3カ月ぐらいかかります。1週間では回復しないので、多めに準備しましょう。欄外に缶詰や乾物などの具体例を挙げました。縦4本の柱ですが、日本食の伝統を思い起こしてください。一汁三菜が基本です。汁が1わん、おかずが3皿(野菜のおかず2皿と魚か肉のおかず1皿)です。災害食では簡素化して野菜は1皿に減らし、汁の代わりにデザートを入れました。最近私は風邪をひき、食欲を失い買い物にも行けず困ったことがありました。ふと備蓄食品のリストを見ていると、ミカンの缶詰が目につきました。早速食べてみると、ひんやりさっぱりしておいしく、大助かりでした。ビタミン、ミネラル、食物繊維があり、汁も全部飲み干しました。果物の缶詰は水分補給もでき、甘いものは癒やしになりストレスを和らげます。

では、災害食はどこに、誰が置けばよいでしょうか。「おかあさん!」と家族がつり革のように甘えてぶら下がる。これでは困ります。自分が主人公になり、自分で買い物をして、自分で管理し、自分の長く居る部屋に置きましょう。1か所集中ではなく、分散備蓄しましょう。津波対策の場合は、最上階へ移します。家族は別々の時間帯に別行動をしているので、おかあさんを当てにしてはいけません。また、災害に巻き込まれやすい場所に住んでいる人は、安全地帯に住む友人や親戚にお願いして、備蓄食品を預けましょう。発災後に届けてもらう方法が確実です。置き方ですが、主食系、魚・肉系おかず、野菜系おかず、デザート系と4つの柱ごとに分類して箱に入れておくと、取り出しやすく便利です。ただし、ステップ1の食品(3日分)と飲料水や野菜ジュース缶などは各自、不燃性の非常持ち出し袋に入れ、持ち出しやすい場所に置きます。

最初に紹介した頭陀袋を現代の私たちが持つとしたら、背負う袋は防炎マーク付き(火事でも燃えない)、体力に合わせた大きさのものを買い求めましょう。ステップ1の災害食を入れます。あらかじめ予行演習しましょう。まず避難所に逃れます。しかしすでに満員で入ることができません。どんどん歩いて崖の上やどこかのビルの最上階など、いずれにしても安全な場所に着いたときおなかが減ります。そんなときを想像して「封を切ったらすぐ食べられるもの」に限ってください。3食分ぐらいの食べ物、飲料水は500ミリリットル入り3本くらいで、重すぎないようにしましょう。

高齢で普段から食べ物にこだわりがある人、介護の必要な人、アレルギーなど持病のある人、粉ミルクを飲んでいる乳児、離乳食を食べている幼児がいる家庭は、特に手厚い備蓄をしましょう。災害が起こってから助けを求めるのでなく、起こる前に入念に自己管理しましょう。自助、共助、公助といわれますが、大規模災害、大混乱の状況では、自助で乗り切る覚悟が強く求められています。今すぐ準備をしましょう。